聖書、デザイナー、一人暮らし

地方に住むデザイナーです。聖書を信じています。一人暮らしです。その記録です。

芸術系ってどうやって飯食えばいいの

これについて教えてくれるとこはないよね。

どこも、自分で考えろ、とライオンが我が子を崖から落とすかのよう…

正解を知らないってのが本当だと思う。

だってそんな計画的に生きてきた人たちではないもんね、先生たちは。

悪い意味ではなく、私たち自身が考えていかないといけない。

 

私はデザイン専攻だけど、デザイン学部じゃないて、芸術学部を出ている。

デザインを仕事にしているけど、やっぱり、デザイン一辺倒ではないし、

お金の話には疎い。

お金をおいても、やりたいこと、なしたいこと、やるべきことやってしまう。

ビジネスには正直性格的にも向いてない。

 

でも、だから余計、芸術系のことたちは金について詳しくならなければいけない。

大金稼げとか、銭ゲバになれ、とかそういう話じゃない。

 

自分が守りたいもの、成し遂げたいこと、芸術との関わり方、

社会にどんなことで貢献したいのか、

自分の思う芸術とかデザインのあり方とか、

それぞれに応じて、やり方考えないといけない。

 

会社に入りつつ二足のわらじ、という方法も、

バイトしつつ、入選狙うという方法も、

海外マーケット狙う方法も、

公共事業として関わることも、

いろんなやり方がある。誰も私の正解は知らない。

私のやるべきこともわからない。

 

どうやって芸術系って飯食えばいいの、ってずっと思ってたし、卒業してからも思ってる。

私がやりたいことと、社会のギャップを埋めるものは何?

私のやりたいことをどんな形で社会で実現させていく?

どうやってお金持ってきたら良い?

 

私のやりたいことって、私がやりたい、

というよりも、それは社会で必要だと信じているからやりたい。

私のやり方でやりたいのではなくて、私がこれは誰にでも必要だよ、と確信することを、

そこに合うやり方で実現させたい。

 

人の居場所を作りたい。

意識高い系ってのは鼻につくし、コミュニティデザインとか、コミュニティ形成とか、

正直、馬鹿野郎だ、と言いたくなる気持ちにもなるけど。

 

黒子として徹しないといけない。

例えばザリガニとかメダカを育てる時に、意図しない岩の使われ方とか、

全然寄り付かない土管のミニチュアとか、あるでしょ。

あれの、意識を消さないの、ザリガニは使わない。

 

人も一緒だ。

「どうだここ使いたいだろう。」とこれ身がよしに見せられると、

警戒するのが人間だ。

そうとは気づかれないように、彼らの自然な欲求と選択の中にそれがなければいけない。

 

そういうことしたいの。

それでどうやって食ってけばいいかはわかんないのよ残念ながら。

それを考えるのが私の役割だとおも思う。

 

先生も先輩も参考はあるけど、答えはないから。

私が当事者として関わるところで考えないといけないのだ。

 

それで食っていけたらこんなにすごいことはないでしょ。

 

コンサル的なことじゃなくて、資金調達したい、って思ってるのかも。

 

だって、何するにしても社会実験で、予算があってこそなのよね。

お金持ってきて運営して、利益出して、それで結果、人の居場所を作りたい。

 

でもどうやってお金持ってきて、お金回せばいいのかわかんない。

知りたい。

どこに行ったら知れるのかな。

やっぱり学校なのかな。

 

そもそも、私がやることじゃないのかもしれない。

やることじゃないにしても、やれる人との共通言語が欲しい。

 

 

でもあんまり強い動機ではないんだよね。地域がダメになるとか、

私もその地域から離れられないとか。

あんまり強い理由はないの、入らないようにしているから。

 

多分私、日本ダメになったら日本からも離れるんじゃないだろうかなぁ。

どうなんだろう。

世界に行ってもいいしな。

日本に貢献する強い動機ってなんだ。

変わっていく日本を担っていく、強い動機がないんだなぁ、と改めて思った。