聖書、デザイナー、一人暮らし

地方に住むデザイナーです。聖書を信じています。一人暮らしです。その記録です。

疲れたって言える相手がほしいなと思う満月の夜

明日家族で旅行にいく。

でも今日までイベントの仕事があって、

興奮してて、やりきれないところもあって、つかれた。 

 

でも母にも父にも疲れたとは到底言えない。

さっきも電話がかかってきて、まだ仕事なのか、パッキング終わってないのか、早く寝ろだの言われた。

 

仕事だし、パッキングする時間なかったし、疲れてるけどかえって仕事しなきゃだし。

いい加減うんざりだ。何もこちらの都合なんて考えやしないのだから。楽しみなのはわかるけど、ちょっと考えてほしいって思う。

わたしのやる気を削がないでほしい。

 

きっとこれ、サラリーマンパパの愚痴とにてる気がする。

奥さんになったら、どんなに明日楽しみなことがあっても、旦那さんが疲れた、ってなったら、そうだね、お疲れさまって言える人になろう。

 

疲れたときに、つかれた。と言える相手がほしい。

疲れたね、頑張ったね、ゆっくり休もう、といってくれる相手。

 

正常な反抗期がやって来て、親との分化がもっと進んだ実感。

祝杯をあげよう。今日は運転で飲んでないから。

今からビールかってのもう。

好きなゲーム実況見ながらパッキングして、

今日撮影できた写真アップロードして。

 

本当に、今日来てくれたみんな、美しかったなぁ。

 

 

何となく整理された気がする

親、特に父親のこと、

私は父が大好きです。

一方で、愛してもらえなかったような気でいるから、

とても憎い。

なんで私を一人にしたの。自分で考えてわからなかったことを、なんで駄目だって怒鳴ったの。

すごく怖くて悲しかったよ。お父さんに頼りたかった。

守ってほしかった。

それでもいいって受け入れてほしかった。

できない私を受け入れてほしかった。

 

 

それをずっと、恋人に求めてた。

うまく行くわけがない。

 

でも今なら、何が問題なのかわかる。

私を愛して!というのは、少し落ち着いた感じもする。

意見が違っても、喧嘩しても、その人はお父さんじゃない。

だから、大丈夫。

そのなかで、折り合いつければ良いから。

 

そうすると、でも、私の好きなタイプ人って、なんだろう。

でもやっぱりおじさんなの。

でそれって既婚者ってことじゃなくて、

 

自分で立ち上がろうと奮闘する人。

自分の関わった人を大切にする人。

自分のこともちゃんと大切にする人。

愛情表現が豊かな人。

許しを知る人。

 

そんな人。自分中心の若者は、やっぱりまだまだだなってなる。

自分中心だけど、他者まで考えられる人。

そんな人が好き。尊敬できる。

尊敬できる人に神様合わせてください。

会いに行くから、この人だっていうの教えてね。

この人はわたしのこと愛してくれる

という打算で人を好きになる。

それは、私が父親から愛された自覚がないから。

 

根深い。

 

誰かの父親を奪う。

父親に愛されたい。

理解されたい。

お前はすごいねって言われたい。

 

今の父じゃない。昔の父に言われたい。

 

私の夢や進路を他人の目の前で否定して怒鳴った父に、

お前はデブでだめだなといった父に。

父がそう言うから姉も真似して豚と私を呼んだ。

 

父のせいで私は女になれなかったんだ。

呪の言葉だ。

父のせいで、私は自分を愛せなかったんだ。

 

何やっても評価されない私。

豚だと言われる私。

愛される価値のない私。

生きる価値のない私。

 

母も、一緒になって私を否定した、

駄目な子だと。

計画性のない、こりないだめなこだと。

今でもそう。

余計なことするだめな子だと。

 

パパとママは私をどうしたかったんですか。

自信をつけさせたくなかったんですか。

 

報いを受けるべきとは思わない。

きっと両親もそうやって育てられてきたから。

私が断ち切らなければ。

 

 

私だけ愛して。

私に頼って。

私を褒めて。

それが愛だと思ってるから。

 

私を叱らないで。

だめだと言わないで。

ありのままを受け止めて。

私を否定しないで。

それが親の愛だから。

 

でもそれを、私は親からもらえなくて、

どうしても欲しくて、欲しくて、欲しくて。

 

だから既婚者で子供のいる男性に、友達にそれを求める。

私のお父さんになってください。私を認めてください。 

 

そんなこと言ってるのと同じだよ?

健全じゃない。

 

評価されなくて嬉しい人なんているかな。

わたしはなにをめざせばよいの?

どこを目指せば正解なの?

 

どうなれば親から離れたことになるの?

 

藝術の道に進んだのは、私が親から離されるため。

 

神様がすくって、すくいあげてくれたのね、きっと。

 

 

 

私がおじさん好きな理由

多分思春期をちゃんと迎えられなくて、反抗期がなくて、結果父離れできなかったから。

 

自分の女性性を認められないのもそう。

父親の男性性を感じて、父親が嫌いになるのが嫌だったから

自分から思春期反抗期に蓋をした。

姉の反抗期がすごく激しく、父を悲しませたくなくて、私は、女性ではなく、はとふみというキャラクターになろう、と思ったから。

 

父親の男性性を受け入れられず、拒絶したくもなく、

自分が女性でいることを放棄した。

 

だから、私を女性と見ない既婚者や、おじさんは安心できた。

父親の男性性を見ないから。

 

だから、猫さんのことが好きだった。

 

自分でこの反抗期や父親に対する嫌悪感、イライラに向き合わないで、ふたしてきたから、

正常な成長過程を踏めなかったんだね。

 

私を子供としてみてくれる父親のような既婚者に惹かれるんだろうな。

 

 

今日メイクを美容室で教えてもらった。

女の顔があった。

恥ずかしかった。

でも、美容師さんたちは、普通だよ、全然してないぐらい。だから頑張って慣れようね。と話してくれた。

 

わたしのじがは小学生で止まってて、それでとっても恥ずかしかったんだ。

 

一方で嬉しかった。

閉まる前のショッピングセンターに駆け込んで、良い化粧品をかった。

色や必要なものは美容師さんが教えてくれた。

そのひとは、私らしさを考えてくれる人だ。

 

自分でもメイクをした。

眉毛を抜いて切って整えて、

口紅をして、

アイシャドウを塗って、

27歳の女の顔。

 

女って自分のこと言うのが恥ずかしい。

きもちわるい。

でも私は女だ。

自分の雌臭さがいやなのかもしれない。

 

体は大きくなって、女性らしくなって、

でも意識は子供のままで、色気があるような無いような感じ。

 

メイクをすると、女になる。

こわい。

男性からなにか思われるのが怖い。

 

 

ちゃんと向き合ってこなかったから。

異性との距離を学ばなかったから。

 

 

情けないあどけなさが鼻につくような言動を繰り返してきた。

子供のような、大人のような、よくわからないあり方でゆらいできた。

 

自分を女であることを認めるのが、

なんとなく、気持ち悪いのは、

男性の性的な欲求を、女として受け止められないからかもしれない。

 

今まで私は、私のことを、どこか他人事のように思ってきた。

その欲求は私に向かないものと、思ってきた。

 

きもちわるい。

どうやって乗り越えれば良い?

 

でも嬉しいのも確かなんだよ。大人になるって思ったら。

子供の自分に、ありがとうと告げて、自立する。

初めてちゃんと自分の足で立ち上がる練習をする。

 

また何か別のことで悩みそうな気がしている。

 

でもとりあえず今は、お風呂に入ろう。

甘えてくる男の人も苦手だ

甘えと頼るのは別の物。

 

その人が提示してくれたことにありがたく乗らせてもらうのが頼る。

こっちから要求するのが甘え。

 

休むのもいい、時々失敗るするのも良いし、

間違えるのだっていい。

 

でも甘えるのはかっこよくないし、相手にプレッシャーを与えてる。

 

頼るのは適切なエネルギー関係のやり取りだから、お互い疲れない。

 

男女とも、老若男女であっても、

甘えず、ちゃんとコミュニケーションとって、しっかり頼り合えるようになったら、

もっと楽になる

 

 

とにかく私は甘える人がだめなんだ。

甘える自分も嫌い。

でも頼り会える関係は、私に元気をくれる。

甘えてくる女の人苦手

私は何もできないよ?って引いちゃう。

そういうの期待されても、男の人は嬉しいかもしれないけど、私は嫌だ。あてにしないでください。

 

少し嫌悪感。なんかあんまりやりたくない。

 

いっそ俺が男ならいいのかな。

 

なーんか、嫌なんだよな。

車やお金を当てにされてる感じがする。

 

やっぱり今の私には無理なので、付き合わないでおこう。

それが良い。

ちゃんとできない自分が嫌い

ダメだとわかっててそれができない自分が嫌い。

 

先生自分が嫌いだよって言ったら。

そうかそうか、はとふみさんは自分が嫌いなんだね。

と笑われた。

 

なんで笑ってるの?と聞いたら、

なんでか知らないけど笑っちゃうんだって。

嫌いなのはもう仕方ないねって。

それでも仕事してくれるなら、どんなだっていいよ。

と言ってくれた。

 

私には、生きてるならなんだっていいよ、と言ってもらってるように聞こえた。

 

私にとって仕事は、息をするようなもので、

自分の研究で、生き方で、それによってお金をもらってて、

だから生きることは働くことで、働くことは生きること。

 

先生はそれを知っている。

 

生活がめちゃくちゃで、他の人と違ってもいい。

現実逃避したり、落ち込んでしまうのでもいい。

漫画をずっと読み続けたり、寝ずにパソコンやゲームしてるのでもいい。

はとふみさんが、仕事するなら、生きるなら、

現実逃避の間にやるべきことをやるなら、

どんなボロボロでもダメでもいい。

生きてるなら。

 

でも元気になったらまた、自分を大切にして、

やりたくなったらご飯作って食べて。

 

それでいいんじゃない。

できない自分を否定して追い詰めるくらいなら、

ダメでも生きてる自分をまず認めてあげたらいいんじゃない。

 

先生がそうやって私を笑うから、

私はまた救われる。

アホみたいな生き方してても、別にいいよって。

 

先生が死んでしまったら、

私はきっと引きこもって仕事もしなくなるだろう。

生きることだってしたくなるかもしれない。

 

先生は

それ以降のことは俺はどうでもいいよ、それではとふみさんが死んじゃうならそれまでよ。

と言っている。

 

でもひたすら落ち込んで、いっぱい自分を傷つけてボロボロにして満足したら、

また、歩き出す元気も湧いてくるかもしれない。

 

その時は、また、きっと、あなたを見てくれる人がいるはずだから、

今できることを頑張りなさい。俺がいる間は、俺が見ててあげよう。

 

先生のせいにするつもりなんかもさらさらないけどね。

先生がいてもいなくても、倒れるなら私は倒れる。

先生と私はお互いの道で隣り合っただけの存在だから。

 

でも私の行く道の途中に、先生と歩む時があってくれてよかった。

 

先生を通じて神様が私を支えてくれた。

 

敬愛する先生ですら、もしなくなってしまったらと考えると悲しいのに、

どうして人を一人パートナーとして愛することができるだろうか。

失ってしまった時の悲しさを私は乗り越えられる気がしない。

それならいっそ、一人でいる方がいい。

失って悲しいのは家族と先生と、数少ない友人だけでいい。

その人たちそれぞれにパートナーがいることはありがたいことだ、彼らを支えてくれるから。

もし彼らがパートナーを失って悲しいときは、私が助けの一部になれたら良いと思う。

でも、私自身がその悲しみの当事者になりたくない。

私は誰かが悲しい時に寄り添うのだけでいい。何もできなくなるから。

自分が悲しみの中心にはいたくないのだ。

 

私はそんなに強くはないし、間違った言い方でしか人を叱ることができない。

感情的で、浅薄て、傲慢だ。

そんな人は、幸せになってはいけないとは思わないが、

少なくても誰かの上に立つべきではないし、誰かの隣に立つべきでもない。

 

それでもいいよって乗り込んでくるような、強引な人を待ち望んでいるのかもしれない。

私から手を伸ばして、その人を巻き込むのも嫌だし、欲しいと望んで拒否されるのも怖い。

やっぱり何より愛着を持ちたくない。それだったら一人の方がいい。

 

虚しい考えかもしれない。

失うことが怖い。

自分のことならどうでもいいけど、他者を失うことが辛い。

勝手に一人で幸せになるような、そんなタフな人に出会えたらいいな、と思う。

私が最高にネガティブなので。

 

自分がダメな人間でよかったと、自己否定して安心してる。

そんなんじゃ責任取ったことにならないの。

ボロボロになってもやり続けなきゃいけないの。

自己否定してるようじゃまだダメなの。

ボロボロになる程自己否定しないようにならなきゃいけいないの。

 

突然フィレオフィッシュが食べたい。

明日のお昼はそれにしよう。